ひょうすけの写真俳句

アクセスカウンタ

zoom RSS 部屋会(岡崎城公園@)

<<   作成日時 : 2012/12/06 09:08   >>

ナイス ブログ気持玉 28 / トラックバック 1 / コメント 30

天の丸を8時に出発して岡崎城公園に向いました。実は最初の計画では名君の吉良上野介の史跡を訪ねるつもりでした。しかし蝦夷や隼人、武蔵、信濃の国等から集まった人達のことを考えて交通の便が良い家康の岡崎城公園に急遽変更しました。 えっ、吉良上野介が名君?  彼、瀕死の上杉藩をたてなおした名君中の名君、上杉鷹山の曽祖父なんですよ。それだけでも名君に決まっとる!

岡崎城です。家康はここで生まれ、桶狭間の戦いの後、ここに戻って本拠としました。そうそう、信長に討たれたこの時の主君今川義元も吉良一族だったんですよ。吉良家は徳川家の先祖を何度も救っていたのです。
 
画像

                            菊の香や家康生れし岡崎城

岡崎城公園の入り口です。

画像


丁度菊花展をやっていました。いやぁーその美しい事!  菊の花を見ながら進みますと・・・

画像


画像


画像


画像


画像



立派な建物に行き着きます。三河武士の館です。早速入館。

画像


画像


家康ゆかりの産湯の井戸です。

画像


拡大してご覧ください。出世開運の井戸のことが記してあります。

画像


吉兆の度に顕われた龍です。

画像


良いことばかりではなかったようで一揆の有様が展示されていました。拡大して見てください。加茂郡は今の豊田市の辺りで、秀吉(日吉丸)で有名な矢作川での争いです。

画像


画像


岡崎はまた花火が有名で、ここでの花火は全国的に有名です。

画像


当時の兜や武器を着用しても良いとのことで、童心に帰って遊びました。

寄せての大将坂上田村麻呂と

画像


その家来?

画像


守るは尾張名古屋の大将と

画像


三河武士の雑兵。

画像


こんな地図が展示されていました。徳川家菩提寺の大樹寺の位置がしるしてあります。拡大してご覧ください。

画像


大樹寺山門です。

画像


本堂です。

画像


多宝塔は重要文化財です。

画像


今川軍に加わって戦い桶狭間の戦いで織田軍に破れた家康は大樹寺の先祖のお墓の前で切腹しようとします。それを止めたのが登管という住職でした。後年家康はこの時のみじめな自分の像を作って戒めとしたそうです。拡大して家康の顔を是非ご覧ください。

画像


後年の立派な徳川家康像です。身長159cmは現在の私の身長と同じです。

画像


拡大してご覧ください。家康はやっぱり名将中の名将ですよね。しかし家康といい吉良上野介といい(ひょうすけといい)どうして愛知県人はきらわれるのでしょうね。

画像


心の望おこらば困窮したる時を思いだすべし。

画像


                      人はただ身のほどを知れ草の葉の

                                  露も重きは落つるものかな




















月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 28
ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
面白い 面白い 面白い 面白い
ガッツ(がんばれ!)

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
フェラガモ 財布
部屋会(岡崎城公園@) ひょうすけの写真俳句/ウェブリブログ ...続きを見る
フェラガモ 財布
2013/07/03 09:53

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(30件)

内 容 ニックネーム/日時
おはようございます。
当時の兜や武器を着用しても良い。。。
珍しいですね。あちこちのお城を見ていますが他では見当たらないですね。
しっかり遊んでいますね(笑)童心に帰るのもいいことですし、滅多にないチャンスですものね。
岡崎城はまだ言った事がないんですよ。
家康は名将中の名将ですし、吉良上野介も知名人
両名とも色々な意味で強すぎた。頭脳も明晰のようで・・・・
嫌われやすいタイプ!(笑)
ろこ
2012/12/06 10:26
こんにちは^^
当時の兜や武器を着用しても良いというのは本当に珍しい!
貴重な品々ですが、たくさんの人に触れてもらってこそ
その価値が活かされる!ということなのでしょうか^^
いいですね
みなさんとっても楽しそうで^^
拝見しているこちらも楽しくなっちゃいました♪
Jill
2012/12/06 13:28
部屋会の皆さんも童心に帰り、楽しそうですね。
岡崎城には、まだ行ったことが無いんですよ。
そのうち行ってみましょう。
岐阜、愛知は名将の多い所ですので、どうしても確率が高いのでは!?
吉良上野介も近頃は「良い人だった」説が出ているようですし!
まきちゃん
2012/12/06 16:33
ひょうすけさんの「すけ」のような立派な「すけ」ではなく先祖が越後の百姓だった
のであちらではそうだからということを「「そうだすけ」と言うようにからと言うこととをすけと言うようです私の蒼介は「だ」抜けの「そうだから」つけた名前です
戦国時代には先祖は越後平野の田の泥にまみれて生活していただろうと思います
子孫の私がレプリカとはいい兜を被らせていただき感激の至りです 有難うございました 先日の田楽屋さんの壁紙ですが「男は引きずって生きる 女は現在を見て生きる 男は力で勝り 女は口で勝る」そのほかも書いてあったようですがおぼえておりません 部屋会が60年以上前を引きずっているので印象に残りました
岡崎城野家康の能が出てくるからくり時計は素晴らしかったですね5分間見惚れました また素晴らしい続きをお願いいたします  西の最果てより
蒼介
2012/12/06 18:47
ろこさんへ
忠君愛国時代の小学生でしたから赤穂浪士は忠義で吉良上野介は悪い奴で愛知県の恥だと思っていました。仕事で吉良町へ行ったら凄く尊敬され慕われていたのですね。吉良は実際は被害者だったのです。若し今の時代だったら赤穂浪士は間違いなく糾弾されることでしょうね。家康も遺訓を見たら素晴らしい人物だったと思いましたよ。
ひょうすけ
2012/12/06 18:58
おやおやお仲間に「そうだすけ」いえ「蒼介」さんというご先祖様が越後出身の方もいらっしゃるのですね? もしや『蒼竜』と呼ばれた河井継之介のお血筋? 
越後上杉家は会津、米沢と継がれていきましたが、上杉鷹山のような優秀な養子を迎えていたから藩財政が逼迫しても存続できたんだとか。
吉良上野介も名君という話は良く聞きますね。でも『忠臣蔵』が有名になっちゃうとえてして人は判官贔屓したくなるものです。上野介さんもドラマのような悪者扱いはお気の毒なことです。
けっこちゃーん
2012/12/06 19:34
jillさんへ
お早うございます。兜も刀も勿論本物ではありません。本物そっくりのレプリカです。他の人もやったのですが写真がぼけていたりしてこの4人だけ載せました。戦時中の子でしたので私達の年代はチャンバラごっこを良くしたのでついハメをはずしてしまいました。皆さん遠くから来ているので交通の便の良いところにしたのですが、結果良かったと自賛しております。
ひょうすけ
2012/12/07 02:48
まきさんへ
お早うございます。その昔信長、秀吉、家康、清正、利家といった武将達が愛知の優秀な男と美女を連れていってしまったので、愛知県人は魅力なくなってしまったのでしょうね。忠臣蔵が今もって放映されるのは不可思議です。吉良は通りすがりの人にいきなり切りつけられた被害者だったのですよ。
ひょうすけ
2012/12/07 03:32
蒼介さんへ
そうか、ご先祖様は越後の方だったのですか。上杉謙信や山本五十六等名将の多いところですね。貴兄の素晴らしい才能、納得しました。蒼介の由来お納得です。次回に家康のからくり時計を載せるのでまた来てくださいね。
ひょうすけ
2012/12/07 03:44
けっこさーんへ
お早うございます。蒼介君は長野市出身でしたからてっきり長野県人だと思っていました。たしかに河合継之介の様な人物です。赤穂浪士も恨むならば幕府にであって自分の主君が傷つけた被害者をまた襲うとはどうみてもおかしいですね。浅野家が東北の山奥から赤穂に替わった時吉良のあえば塩の技術を指導したのに江戸の販路を横取りされてしまったということがあり、丁度今の日本と、中国や韓国との関係だったというのが真相です。愛知県人はお人よしが多いようです。
ひょうすけ
2012/12/07 04:03
ブログ見ました〜\(^o^)/

変装楽しかったかぃ?!?!
泉穂は馬の変装してみたい(笑)

明日は資源回収&部活だっ(-_-;)
早起きしなきゃ!!!!!!!!!!!!
ではでは、おやすみ〜(^3^)
泉穂
2012/12/07 22:57
泉穂ちゃんへ
また見てくれてサンキュウです。馬に変装?やっぱりお姫様の方が良いとおもうよ。爺さんも高校時代バスケットをやっていたから今度チェストパスをしようね。
ひょうすけ爺さん
2012/12/08 05:31
大河ドラマでは戦国時代と赤穂浪士、幕末の時代を取り上げれば間違いなく視聴率が上がると言われています。
そのうち2つの時代物がこの尾張と三河に集中しているのに、今一つ人気がありませんね。どうしてでしょう。
私の住んでいる街を紹介するときに家康の生まれた岡崎の近くと言っても分かってくれません。
寂しいですね。知名度が低いですね。
南十字星
2012/12/10 16:07
本当に皆様、楽しまれているご様子がよく伝わってきます。
思わず微笑みたくなるようなお写真ですね。
岡崎は、家康の生地だったのですね。
岡崎っていろんな意味で、懐かしい街ですがあまりよく知りません。
そうそう夫の姪がそちらに嫁いでいます。今はめったに合えませんが…
S子
2012/12/10 16:39
部屋会はほんとうにたのしそうですね。
たくさんの写真見せていただきました。
変装も面白いですね。
いつまでも続くといいですね。
うらやましいです。
kyabetu
2012/12/10 23:29
南十字星さんへ
お早うございます。春先、中国からの団体客と京都で逢いましたが、どの組みも京都→東京、東京→京都で名古屋は通過でした。流行歌でも愛知県のものは殆どありませんね。遠因は御三家筆頭の宗春が徳川吉宗に逆らったことからかなどと考えています。テレビの「暴れん坊将軍」では何時も尾張藩は悪者で出てきますね。でもあの暴れん坊将軍の松平健も愛知の豊橋出身なんです。
ひょうすけ
2012/12/11 05:53
S子さんへ
お早うございます。はい、岡崎が出身地です。さらに私のいる蒲郡も深い関係があります。ここから今川へ人質になりに行ったことになっています。今川家の先祖は愛知県のお茶で有名な西尾市の吉良氏の出で静岡のお茶も今川氏が西尾から持ち込んだのだという説もあります。吉良氏の先祖は家康の先祖を随分助けており、その恩で家康は落ちぶれていた吉良氏を再興させたといういきさつがありました。
ひょうすけ
2012/12/11 06:13
kyabetuさんへ
お早うございます。部屋会は毎年やっており、一番の楽しみにしています。この頃は奥様方が仲良くなって奥様方の主導で進んでいます。前回の寄せ書きの大皿も最後まで生き残った人が貰うことになっていますのでまだ10年以上この会は続くことでしょうね。
ひょうすけ
2012/12/11 06:23
お城で菊花展とはぴったりですね!カブトなどの着用ができるって楽しい趣向♪みんあ楽しそうです♪家康、みじめな自分の像を作るなんてスゴイですね。失敗から学ぶということでしょうか、教訓好きな感じもしますが大事ですよね、なかなかできないです。だから江戸時代という長い時代を治められたんでしょうね☆おっ最後に訓碑(笑)
こりす
2012/12/11 15:31
こりすさんへ
忠君愛国の時代の小学生でしたから吉良上野介は悪い奴で赤穂浪士は立派だと思っていました。ところが地元へ行ってみると素晴らしい事蹟もあって凄く慕われていました。考えてみると切腹とお家解役を命じたのは幕府であって吉良は被害者でしたし今なら赤穂浪士は非難轟々だったことでしょうね。実は浅野家が山奥から赤穂に国代えになった時吉良のあえば塩の技術を好意的に指導したのですがそれがあだとなって販路を奪われてしまったのです。丁度現在の日本と中国や韓国との関係みたいだったのです。家康も狸親父とか言われて嫌われていますが、実質はとても立派な人物です。といったことを部屋会で話した次第です。
ひょうすけ
2012/12/11 17:59
おはようございます。
お久しぶりです、コメントありがとうございました。
岡崎公園と言えば随分と昔に夏の花火を観に出かけたのを思い出します
空から火の粉が降ってきてお腹にはズド〜ンと響き体で花火を感じたのを覚えています。
兜を被って刀を持って・・・そう言えば今の子供たちはちゃんばらごっこをしないのでしょうか
遊びもだんだん変わってきてゲーム機を持ちながらもくもくと楽しむ
何だか悲しい可愛そうって思ってしまうのですが
寒空でもホッペを真っ赤にしながら走り回る子供・・そんな光景はもう無いのでしょうかね。。。

きょんたん
2012/12/12 07:13
お早うございます♪
兜や武器を着用した皆さまに目が入っちゃいました。
お元気な姿で若わかしいですね!(^^)!
それに吉良家は徳川家の先祖を救っていたとは・・・
今年は山形の旅で上杉鷹山さんの所へ行ってきましたが
素晴らしい方だったと思っていましたら・・・
吉良家の御出身だったのですね。
歴史のお勉強になりました。
有難うございます<m(__)m>
ミモザ
2012/12/12 07:44
お久しぶりです
コメントをありがとうございました
岡崎城もよいところのとうですね・・
吉良上野介が名君はけっこう有名な 話ですね
私も最近、大河ドラマだとかNHKのBS時代劇(コレはその後、NHKの総合の方でも放送されます)をよく見てますが、ちょっと前にやっていた「薄桜記」というドラマにも吉良上野介が出てました・・がその中でもなかなかの人格者として描かれていました
徳川家康も昨年の大河でも見ましたが、その井戸も番組内での紹介もありました・歴史ってなかなか面白いですよね〜〜
美々
2012/12/12 13:16
きょんたんさんへ
我が家の近くの小川や池で昔は子供の遊ぶ姿が良く見られましたが今は全く子供を見かけません。先日子供達が一杯載っている電車に乗り合わせましたが異常に静か、見てみたら殆どの子がゲーム機でゲームをしていました。本当に日本の将来が心配です。岡崎の花火は蒲郡の海の花火と違って風情がありますね。
ひょうすけ
2012/12/12 13:25
ミモザさんへ
家康の祖父の松平清康が戦死した時、内藤某が家康の父、10歳の仙千代を追い出して松平領を乗っ取ろうとしました。その仙千代を吉良持広が保護し烏帽子親となって二郎三郎弘忠となずけ岡崎城にもどします。後に吉良は滅亡しますが、家康は遺児の義貞をとりたてて吉良家を再興させたのです。また上杉家がお家断絶になりそうになった時吉良上野介は産まれたばかりの長男を送って上杉家を救います。その長男の孫が上杉鷹山なんですね。ところでまた強い地震があったですね。さぞ怖かったことでしょう。
ひょうすけ
2012/12/12 20:36
美々さんへ
お久しぶりです。はい、いわゆる忠臣蔵は全くの嘘っぱちで当時のマスコミにしてやられてしまったのですね。地元では素晴らしい実績があり、今でも尊敬され慕われております。とにかく家康は吉良家に恩を感じておりました。今の時代になっても忠臣蔵がもてはやされているのは不思議です。
ひょうすけ
2012/12/12 20:45
流石徳川家の菩提寺、大樹寺は立派なお寺ですね。
今NHKの木曜ドラマ「薄桜記」で、ジェームス三木さんが吉良上野介を面白い解釈で描いていますね。
私は愛知県人でしたから、地元では吉良の殿様が住民にとても好かれていた名君だったことをよく知っています。
それにしても兜を被った俄か武将さんたちは、すっかり成りきっていて微笑ましいですね。
見事な演技力です!(笑)
きょんば
2012/12/13 22:55
きょんばさんへ
お早うございます。「薄桜記」昨日初めて見ましたが、吉良上野介を好意的に描いてくれていて嬉しかったです。「私は切られた被害者だ、どうして主君の敵なのだ」・・全く同感です。兜を被った武将ではありませんがこの内の一人はひょうすけです。演技力、おほめくださりありがとうございます。
ひょうすけ
2012/12/14 04:51
ひょうすけさん、おはようございます。
読めば読むほど味のある素晴らしいブログですね!
歴史には疎いのですが、一面だけ見ていてはいけないという事ですね。
12月14日、相変わらずTVには赤穂浪士の討ち入りが映し出されています。
吉良さまが名君だったという事は地元ではよく知られています!
歌舞伎などお江戸からの情報に負けているのではないかしら??
家康も吉良さんもひょうすけさんも!?嫌われている?
とんでもない、個人的に好みはあるでしょうけど、お人よし的ですか?
愛知県人、三英傑を出した尾張に愛着を持っています。
ひょうすけさんは武将に変身の写真の4番目ですか?
時間が来ました…、これにて失礼いたします。
みっきい
2012/12/15 07:39
みっきいさんへ
アハッハ、バレましたか。雑兵のひょうすけです。結局今も昔もマスコミにしてやられたのでしょうね。吉良は切りつけられた被害者なんです。それが何で主君の敵で仇打ち?うらむなら切腹させ、お家断絶させた幕府を恨むべきですよね。三英傑どころか今川家も先祖は西尾市の今川町の出身の吉良一族なんですよ。今テレビで放送されている「薄桜記」は結構好意的に吉良を取りあげてくれていますね。
ひょうすけ
2012/12/15 16:09

コメントする help

ニックネーム
本 文
部屋会(岡崎城公園@) ひょうすけの写真俳句/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる